「為替レートは収支調整に機能する」
ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学といえば、アメリカを代表する経済研究機関である。ボストンの近郊ケンブリッジ市にあるこれらの大学を結ぶのが、マサチューセッツ・アベニューだ。
有名な全米経済研究所(NBER)も、この通りに面している。一方、政策の中心地ワシントンDCにも、マサチューセッツ・アベニューと呼ばれる通りがある。アメリカを代表する政策シンクタンクである、ブルッキングス研究所や国際経済研究所(IIE)は、ここに立地している。
マサチューセッツ・アベニューという表現には、エコノミスト・政策分析家のメインストリーム(本流)といった響きが込められている。
実は、為替はどのように決定されるかという経済学の分野において、“マサチューセッツ・モデル”なるものが、大きな重要性を持っている。本書は、1980年代の経常収支不均衡の時代を念頭に、このような主流派の見解を軸にして為替変化がいかに有効に経常収支不均衡を調整するかを論じたものだ。
1990年の終わりに、国際経済研究所においてこうした基本間題に関する一大専門家会議が開かれた。本書は、この会識の中心的存在であったP・クルーグマン(MIT教授)が、会議における主要な分析結果と、政策上のインプリケーションを明快に記したものである。原書が書かれたのは、もう7年も前のことだが、今日の経済の基本メカニズムを理解するうえで、極めて重要な貢献をなすものと言える。
本書ではまず、国際収支調整の主流派の見解が「マサチューセッツ・アベニュー・モデル」として再整理される。ここでいうマサチューセッツ・アベニュー・モデルとは、いわゆるマンデル=フレミング・モデルに、インフレと為替変動に対する期待を取り入れたものだ。
著者自らを“主流派”と位置づける点に反発はあるかもしれないが、日本でも一時期「貿易黒字によって円高が進む」といったいかがわしい為替理論がまかり通ったことを考えると、標準的な見解を改めて重視することの意味は大きいだろう。
これに対し、標準的見解への反論として3つの学説が紹介され、さらに各学説の通貨政策に対するインプリケーションが議論される。最後に、アメリカ、日本、ドイツにおける最近の経験から、いくつかの教訓が導かれる。
結論として、「為替レートの伸縮性は機能する」「為替レートの変動は必要である」「貿易と為替レートの関係は安定している」点が述べられる。
興味深いのは、本書に「通貨政策の経済学」というタイトルが付けられていることだ。原題を直訳すれば「調整プロセスは機能したか」ということになるが、これを通貨政策と結びつけた点に、訳者たちの思い入れが感じられる。
マーケット分析のための「現場での使用に堪える教科書」として、本書の意義は大きい。
竹中平蔵
(出所:1998.7.28 エコノミスト)
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